会社員で植物療法士ときどきフラダンサー

日常生活、フィトテラピスト(植物療法士)としてのこと、フラのこと。気ままに綴る日記ブログです。

マインドフルネスに生きる

わたしマインドフルネスに生きていなかった。

マインドフルネスの解釈は色々かもしれませんが

「今」を感じる、今に集中する、と思っています。

 

私はいつも先のこと、時々過去のことを考えて

「今」を味わっていなかったように思います。

 

転勤族のつもりで建てた家

将来子供に恵まれる事を前提に生きていたあれこれ

 

結局、夫の会社の大きな変化により転勤族ではなくなり

子供に恵まれることもありませんでした。

それだけではなく、こうなるかもしれない、こうなったらいいな、

こうなったら困るな、と起こってもいない出来事を想定して色々もがいていたり。

 

あんまり先のことばっか考えてもその通りにならないんだな~

というのが、今日まで生きてきた感想。

もちろん、ひとそれぞれ経験されてきた事は違うので

先を考えて計画的に生きるべきだった、という事を

学ばれた方もいらっしゃるでしょう。

 

大きな話だけではなく、例えば食事ひとつとってもそう。

食事しながら明日の予定を考えていたり、心配ごとを思い出してみたり、心ここにあらずといった食事をどれほどしてきただろう。

せっかくの食事、目でみて、香りも舌もまるごと楽しみたい。

いま目の前にいる人の話を上の空、あるいはフィルターをかけて聞いてこなかっただろうか。その人ときちんと向き合ってきただろうか。

歩く事は目的地に着くためだけの手段?

風を頬で感じて、周囲に目を向けて五感で今を感じる事もできるはず。

バタバタしてるとなかなかこれが難しいのですが

やる事に追われていると感じた時こそ、ふと「今」に意識を向けるようにしたいと思います。これもきっと練習が必要ですね。

 

まずは、小さい「今」を感じることを積み重ねていこうと思います。

 

 

バタバタな日々とSAD NEWS

先日ハワイのクムフラが亡くなりました。

日本の生徒とハワイのクムフラ。

遠い関係だけれど、突然だったこともあり、私はとてもショックでした。

関りが少なかった私ですらひどく寂しく思うほど愛されていたクムフラなんじゃないかと思います。

クムフラとはハワイ語でフラの先生という意味です。

 

札幌にいた頃、ヒロ(ハワイ島の町の名前)のアンクルジョニーのところにトレーニングに行かせてもらいました。

元々アンクルジョニーの振付が大好きだったけれど、その滞在中にフラ以外の部分でもファンになってしまった、という感じ。

フラの世界では偉大なクムフラなのに決して偉ぶらず、失礼だけれど、私は少年のような可愛らしさも感じていました。

アンクルの世界をアンクルを慕う周りの人達が守っているようにも見えていました。

個人の感想です。笑

 

Keicyにレッスンを付けてもらっていると、ふらりと部屋に入ってきたアンクルジョニー。

なんか小さい声で言った・・・

????

み・・ず・・

日本語で水と言ってペットボトルを抱えている事が分かった時は笑ってしまいました。Keicyに追い返されてしまいましたが、私のことまで気遣ってくださって嬉しかったです。

 

またある日、ヒロの朝市をフラフラしていると、たむろしているおじさん集団から「アンクルジョニーのところに来てる日本人だろ?」と声をかけられました。

な、、何で知ってるの?

おそらく不信感半分の顔で聞いたわたしに自称アンクルのご友人達が「こないだ言ってたんだよ、もうすぐ日本人の女の子がフラ習いに来るって」と答えてくれました。

アンクルの日常がそこにあって、少し触れることが出来たこと、お友達に話してくれていた喜び、アンクルのお友達がものすごくフツーのおっちゃん達だった事、全部印象的な出来事になりました。

 

何よりも観てくれる人を楽しませる事を大切にしたアンクルジョニー。

そのためにはコンペティションでの減点もいとわない。

あんな魅力的な振り付けができるクムフラはこの先出てくるのかな。

唯一無二のクムフラだと思います。

フラから学んだ事はたくさんあるけれど、アンクルジョニーのハラウだからこそ学べた事ばかりだと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

警備員のおっさん

勤務しているのが役員フロアのため出入口には警備員さんが立っています。

不審者があらわれたことなどなく明らかに不要な警備と思われるけれども、エレベーターを使用するとき、トイレにいくとき、いちいちい警備員さんの前を通らなければならず、人としてご挨拶はして通っている。

 

しかし中にとても話し好きのおじさんがおり、最初は話しかけれた事に応え軽い会話を返していたのだが最近、私の骨盤がずれていないだとか、歩き方がいいだとか、尻がどうだとか、今日の服は昨日の服より似合っているだとかの会話が増え疲弊中。

他の女社員はどうも話しかけられていないらしいのでロックオン。

隣の席のSさん(男性)はそれ好きなんじゃーんと面白がっているよう様子。

その警備員さんが立っているときはトイレも控えるなど、結構面倒なことになっております。

後頭部でどの警備員さんか判別できる特技が身に付きました。

警備員なのに一番警戒せねばならぬ事に矛盾を感じます。

 

 

子供のころの記憶

子供のころ、近所に年の近い子が多く、年齢も性別も関係なく毎日のように遊んでいました。

そのうち、なおちゃんという確か2,3歳年下の女の子が引っ越してきて、すぐにみんなで遊ぶようになりました。

ある時なおちゃんが、庭にお父さんがブランコ作ってくれたの、遊ぼう、と誘ってくれたので、みんなでおうちに行きました。

すごいねー-とはしゃぎながら交代でブランコに乗っていたら

家の中からなおちゃんのお母さんが大きな声で言いました。

「なおちゃんのお父さんが怒ってるよ!なおちゃんのために作ったブランコなのにって」

瞬間的にみんな静かになり、心がずんとしました。

子供なのでその心の原因はよくわからなかったけど、まずは単純になおちゃんのお父さんへの恐怖。

何度もなおちゃんのおうちに行っていたけれど、お父さんが顔を出してくれた事はありませんでした。

見たこともないなおちゃんのお父さんが怒っているってなんだかとても怖い感じがしたし、そしてそれを大きな声でみんなに伝えたなおちゃんのお母さんに、子供心にヘンな感じがしました。

その日もなおちゃんのお父さんは見なかったけれど、家にいたのかな?どこから見ていたんだろう?という疑問もわいた気がする。

当然そのあとでもブランコに乗れるようなツワモノはおらず、シーンとした時間はそう長くはなく、もしかしたら一瞬だったのかもしれないけれど、今も忘れられないのはなおちゃんの表情。

ものすごく悲しそうな顔をして、小さな声で「え。みんな遊んでいいよ・・」

なおちゃんは元々困り顔で声の小さい子ではあったけれど。

なおちゃんはとてもいい子でした。

みんながブランコで楽しんでくれているのが嬉しい、楽しいと本当におもってくれていて、それをお父さん(お母さん)の一言でこうなって悲しかったのかなと思います。

びっくりしたのかもしれないし。

大人になった今もうまく言語化できないけれど、その時のなおちゃんの気持ちを思うとぎゅっとなります。

 

親しい人の間で、本当によく忘れる事で知られた私ですが、瞬間的にとてもクリアに覚えていて、時々出てくる記憶があります。

だいたいはどうという事もない日常が感情とセットで蘇ってきます。

みんなそうなのかな?

また沸いてきたらせっかくだから綴ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日笑ったこと

出社のタイミングが合った隣のひと(50代男性)と朝からおしゃべりしながら仕事していて、ふとみるとピンクの小顔用マスクをしていて爆笑した。

今日一日そのことで何度も笑った。

お風呂場でも思い出して笑った。

平和だと思った。

 

取り返しがつかないこと

先日とても久しぶりにある人に連絡したところ

ちょうど一昨日連絡しようか悩んでいたんだよね、と。

二日の時差で念が届く。笑

 

その人が伝えるか悩んでいたというのは

共通の知人が年末、自ら命を絶った、という話。

 

死ぬって究極に取り返しがつかないことだな、と思いました。

自分の行動ひとつ違っていたら結果は変わっていたんじゃないか、そんな事をどんなに考えても、絶対に取り返しがつかない。

だからこそ残された人は余計に辛いのかも。

(逆に考えると、死ぬこと以外は取り返しがつくことばかりなのかもしれない)

 

文字通り、死ぬほど辛かったのだろうその人が解放された事を願い、残された人たちの幸せを思いました。

 

2連続暗いはなし。

 

 

 

戦争

生まれ育った土地が、思い出の場所が、悪意によって一瞬で形を変える

今日当たり前のように会えている家族と明日も会えるとは限らない

今日当たり前のように連絡を取っている友人と明日も繋がれるとは限らない

戦争はモノもこころも壊していく。

 

泣いている子供の映像もみたけれど

身体は助かったとしても、心のケアには長い時間が必要だろうなと思った。

世界中にいる戦争に反対しているロシアの方達もまたつらい思いをされていることと思います。

ニュースで大きく報道されなくても、いつも世界のどこかで紛争はおこっているんだよな、ということも思い出しました。